この国の体力を強くする、アルプロンの坂本です。
月刊『致知』9月号の総リード「目指すものを持つ」を読み、改めて自分が目指すものについて考えました。
冒頭に、孔子と二人の弟子の会話が紹介されています。
三人はそれぞれ、自分が何を目指して生きるのかを問答のように語り合います。
三者三様、実に立派な志です。
そして三人に共通しているのは、自分の利益について一切語っていないことです。
「自分がどうなりたいか」ではなく、「人に対してどうありたいか」を語っています。
藤尾社長は、「志」と「目指すもの」は同義ではあるものの、少し趣が違うと言われています。
志は人生をかけて実現していくもの。一方、目指すものとは、「こうありたい」「こう生きたい」と心にひそかに願うもの、と言ってもよいのではないかと。
私なりに、志は成し遂げるもの。
なりたいものとは、どんな人になりたいのか。と解釈しました。
私はまず、孔子やその弟子たちは本当に立派だなと思いました。
私自身、ここ数年、古典や仏教、人間学などを学ぶ中で、ようやく一つのことが分かってきました。
自分の利ばかりを追い求めることは、結果として経営の足枷になる。
むしろ利他の心を持ち、「先義後利」で生きる方が、結果として経営もうまくいく。
そういう法則があるのだと、頭では理解したつもりです。
しかし、よく私の頭の中で一つの矛盾が生まれます。
「先義後利でいれば、結果としてうまくいく」
「先に相手に譲れば、巡り巡って自分に返ってくる」
そう考えて利他を実践するのであれば、それも結局、自分のためではないか。
利他を、自分が成功するための手段にしているだけではないか。
心の底から純粋な利他の心を持てない自分に、どこか引っかかるものがありました。
そんな中、感服するのが、先人たちの言葉でした。
明治天皇は、差し昇る朝日のような、澄み渡る大空のような、広い心を持ちたいと願われました。
幕末の大儒・佐藤一斎は、大事を尽くすときには、天に仕えるような気持ちでなければならないと説いています。
そして西郷隆盛は、
「人を相手にせず、天を相手にせよ」
と教えています。
天を相手にして己を尽くす。そして物事がうまくいかなければ、人を咎めるのではなく、「自分の誠が足りなかったのではないか」と自らに問う。
時代を超えて、目指したい境地だと思います。
松下幸之助さんは、生涯「素直な心」を求め続けました。
稲盛和夫さんもまた、「謙虚にして驕らず、さらに努力を」を貫かれました。
では、私が目指すものは何だろう。
改めて自分自身に問いかけました。
やはり私の原点は「素直」です。
自分の欲も、弱さも、嫉妬も、私心も、まずは素直に認める。
無理に聖人君子になろうとするのではなく、そこから少しずつ自分を磨いていく。
そして、その先に私が目指したいもの。
それは、明るく、温かいエネルギーの塊のような人間になることです。
自分がそこにいるだけで周囲が少し明るくなる。
話した人が元気になる。
何かに挑戦してみようと思える。
そして、一人でも多くの人の心に火をつける。
利他になれば自分が得をするから、そうするのではない。
自分という人間を磨き続けた先に、自然と人を照らし、人を温め、人の心に火を灯せる人間になりたい。
素直を土台に、明るく、温かく、人の心に火をつける。
これが、いまの私が目指すものであります。
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